やまと診療所

【イベントレポート】大学病院vs在宅医療 感染症診療の理想と現実

アカデミアの最前線と
在宅医療のリアルが
交差する本音トーク

2026年9月28日

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【イベントレポート】大学病院vs在宅医療 感染症診療の理想と現実

※本コラムは、2026年8月28日に開催したAHCオープン講座のイベントレポートです。

感染症診療には、検査や培養を行い、原因となる微生物を推定し、適切な抗菌薬を選択する――という基本があります。では、その「理想」は、在宅医療の現場でも同じように実践できるのでしょうか。

一方で、在宅医療には病院にはない強みもあります。

こうした「医学だけでは決められないこと」まで含めて、治療方針を考えられることです。

今回お話を伺ったのは、やまと診療所 院長の石川元直先生と、大阪大学で感染症診療・感染制御に携わる松尾裕央先生。実はお二人には、10年以上前からのつながりがあります。大学病院で感染症診療を学んだ石川先生と、現在も大学病院で感染症診療に携わる松尾先生。「病院」と「在宅」、それぞれの現場を知る二人だからこそ語れる、感染症診療の理想と現実について話していただきました。

1. イントロダクション・ケース:誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者の発熱 〜病院の「除外診断」と在宅の「絞り込み診断(パターン認識)」〜

石川: 本日のスタートとして、在宅の現場で頻繁に出遭うケースを提示します。87歳男性、脳卒中後遺症で要介護4、過去半年に誤嚥性肺炎で2回入院歴のある方です。38.5℃の発熱と呼吸苦、SpO2 89%(室内気)で訪問看護から緊急要請が入りました。ご家族は「できれば自宅で診てほしいが、苦しそうなのはかわいそう」と話しています。

松尾: 非常にリアルな症例ですね。大学病院であれば即座に血液検査や各種培養検査、画像診断(CT)などを実施して、あらゆる可能性を潰していく「除外診断」のアプローチをとります。

石川: ええ、しかし在宅ではすぐに血液検査の結果は出ませんし、CTも撮れません。だからこそ、基礎にある「感染症の三角形(原因微生物・感染臓器・抗菌薬)」の原則を守りつつも、診察と背景から病態を絞り込む(パターン認識)を行います。

全てを検査してから治療するのではなく、限られた情報から最も確率の高い疾患にエンピリック治療を開始する決断が求められます。

2. 在宅で使える抗菌薬と「現場の3つの制約」

石川: 在宅医療における抗菌薬選択は、単にPK/PDやスペクトラムの適合性だけでなく、「3つの現場制約」に強く縛られます。

  1. 投与回数: 訪問看護の体制上、点滴は「1日1回」が原則。
  2. 剤形と嚥下: 大きな錠剤は飲めず、粉砕や液剤化が必要なことも。
  3. 薬局の在庫: 処方しても地域の薬局に在庫がなければ治療が始まらない。

理想の薬ではなく「今、現場で実際に使えて確実な効果を期待できる薬」を選ぶ必要があります。 当院の注射用抗菌薬は、半減期が長く1日1回投与で完結し、腎機能低下例でも用量調節が不要なセフトリアキソン(CTRX)が99%を占めます。内服はアモキシシリン・クラブラン酸(AMPC/CVA)、セファレキシン(CEX)、バクタ(ST合剤)、レボフロキサシン(LVFX)などが主力です。

松尾: 1日1回投与の利便性と安全性を突き詰めた結果、CTRXが主軸になるのは極めて理にかなっています。大学病院では広域スペクトラムから開始して起因菌判明後にDe-escalationするのが基本ですが、在宅では最初から現場制約に合わせた絞り込みが必要になりますね。

3.クロストーク:理想と現実の境界線を語る

【テーマ①】メロペネムなどの超広域抗菌薬は在宅で使えるか?

松尾: 事前に「メロペネム(MEPM)などのカルバペネム系は在宅で使えるか?」という質問がきていますが、石川先生はどうお考えですか?

石川: 発注すれば物理的には投与することは可能です。しかし「カルバペネムが必要な状態=入院適応」と判断しています。1日3回などの頻回投与が困難だからといった理由もありますが、セフトリアキソンで改善しないから、あるいは以前耐性菌が検出されたから、といった理由で在宅でカルバペネムを使用することはありません。カルバペネムでしか対応できない病態なら病院へバトンタッチすべき境界線だと考えています

【テーマ②】「完治するまで入院」が引き起こすADL低下の問題

石川: 在宅側から見て切実なのが、感染症自体は良くなったのに「CRPがまだ正常化していない」「抗菌薬をやめたら悪化するかも」などと慎重になるあまり入院が長引き、その間にせん妄や身体拘束、廃用でADLががくっと落ちて帰れなくなるケースです。

松尾: 病院側はどうしてもデータ上の「完治」を求めて退院を慎重にしがちですが、近年のエビデンスでは治療期間そのものを短縮する傾向にあります。また、点滴から内服への切り替えや在宅での抗菌薬点滴治療も活用して、「治療を継続しながら在宅へ戻す」という選択肢を病院側も積極的に持つべきですね。

【テーマ③】大学病院と在宅での「耐性菌」の捉え方の違い

石川: 大学病院時代、MRSAやESBL産生菌などの耐性菌対策を厳重にやっていましたが、在宅に来て驚いたのは、入院時に耐性菌が検出されていて、バンコマイシンやピペラシリン・タゾバクタムなどを投与されていた患者さんでも、在宅での感染症ではセフトリアキソンを投与すると普通に改善することが多く、最初は不思議でした。

松尾: 興味深い現象ですね。病院のような「抗菌薬の選択圧が強い環境」から自宅という「生活環境」に戻ることで、常在菌叢の中で耐性菌が占める割合が相対的に減り、マイノリティ化していく可能性が考えられます。過去の菌検査結果だけに縛られず、現在の臨床像から判断することが大切ですね。

【テーマ④】終末期患者における抗菌薬——「何のために使うのか」

石川: 終末期のがん患者さんや繰り返す誤嚥性肺炎において、漫然と抗菌薬を投与し続けることは、点滴の差し替え等による苦痛や耐性菌誘導という大きな弊害を生みます。ここで向き合うべきは、「医学的治癒」から「症状緩和とQOL向上」への目的のシフトです。治療の真のゴールは検査値の正常化ではなく「ご家族と過ごす意味のある時間を取り戻すこと」にあります。患者・家族の「熱が出た=抗菌薬で元気になる」という期待値と医療側の現実の乖離を埋めるため、事前にACP(アドバンス・ケア・プランニング)を重ね、納得感を持って「治療の引き算」をすることが在宅感染症診療の真骨頂です。

松尾: 「何のために抗菌薬を使うのか」という目的の整理ですね。症状改善が得られないのであれば漫然とした投与は直ちに中止する。患者さんの平穏な時間を守るための大切な視点です。

4.おわりに:異文化を知り、患者を中心につながる

石川: 病院医療と在宅医療は「異文化」です。両者のどちらが優れているかではありません。感染症診療の三角形(感染臓器・原因菌・抗菌薬)の原則を守りながらも、目の前の患者さんの人生のゴールに合わせて「どこまで攻めて、どこで引くか」。その境界線を病院と在宅で共に考えていくことが何より大切です。

松尾: 結局のところ、病院も在宅も「患者さんを良くしたい、いい最期を迎えてもらいたい」という目的は全く同じです。病院の強み(精密検査・集中治療)と在宅の強み(生活・価値観の把握)を相互に理解し、患者さんを中心としたスムーズな連携をこれからも深めていきましょう。

いかがでしたか?今回のコラムでは、在宅での感染症診療についてお送りいたしました。やまと診療所では、オンラインによるカジュアル面談や説明会も実施しております。ぜひお気軽にお問い合わせください。

次回のAHCオープン講座は、10月23日(金) 19時から開催予定です。ぜひ、ご参加ください。